もみじプロジェクト

代表:喜谷昌代(きだに まさよ)プロフィール

  • 幼稚園より高等学校終了まで聖心女子学院に学ぶ
  • 大学は慶応義塾へ、卒業後日本航空乗務員として国内及び国際線に乗務
  • プロペラ機でハワイまで18時間かかる時代でした
  • 大学のころよりボランティアで孤児院などの訪問を始めました
  • 日本航空在職中にも滞在地で2週間も時間があることもありましたので、各地の福祉施設を訪問する機会に恵まれました
  • 5年の乗務を終え結婚相手の勤務地のパリで3年ほど生活しました、その間パリの聖心同窓会を通じ孤児院老人施設に通いました
  • 1964年長女誕生と同時に日本に帰国(東京オリンピックの年)
  • 聖心時代に2年先輩でいらっしゃった現在の美智子皇后さまに橋本さちこ先生を御紹介いただき日本赤十字本社をお訪ねし、赤十字に入れていただきました、それ以後の40年間あまりを赤十字のボランティアとして、日本を含め7ヶ国の赤十字で働いてまいりました、その7ヶ国とは、日本、フランス、ベトナム、タイ、香港、ドイツ、英国です

日本では、赤十字語学奉仕団を中心に、橋本学校の生徒として厳しくでも愛に満ちたお教えを受け真のボランティアの精神を叩き込んでいただきました。そのころ毎週通った横浜市立盲学校の生徒たち数名とは25年ほどたったいまだに良い友達でよく英国まで電話をかけてくれたり、たずねてきてくれたりしています。

ベトナムのサイゴンに転勤になったすぐ後に、激しい戦争、テト攻せいが始まりました。
そのため、激しいロケット砲の合間を縫って戦場で傷ついた兵士たちや民間人の急救看護に当たりました。当時2人の子供たちは3歳と生後6け月でした。

タイでは、盲人施設のお手伝いをしていました。

香港では、当時はまだ英国の管轄下でしたので、英国赤十字との最初の出会いでした。
ここでは、Youthand JuniorのExective Committee Memberとして主に青少年関係の仕事をしました。難民集合住宅へ、少年少女を連れて行きひどく不衛生な住宅の清掃に当たったり、青少年のためのいろいろなプロジェクトを企画またPrincess Alexandra Shool for the special Needsという障害児のための寄宿学校に週に3日出て手伝い、週末には、そこの子供たちを私たちの家に泊りに来てもらい、いっ緒に楽しく過ごしました。香港での6年間で、英国式の全体を広く見る赤十字が学べたとおもいます。

ドイツは、7年間のベルリン生活でした。
ここでは、、私の人生で一番働いたと思えるように毎日毎日朝から晩まで沢山の違った仕事をドイツ赤十字からもらいました。若い障害を持つ人たちの独立生活をする手伝い、老人の自宅介助、アルコール中毒者の家庭崩をくいとめる手伝い、麻薬中毒者のリハビリ、ベルリン1の大刑務所の保護士、そしてポーランドの危機の折にはドイツ赤十字の急救援助隊員として女で一人外国人で一人のVolunteerとして10回、1回が15日ずつの行程でチェコやロシアの国境周辺の村々へ急救物資を配りに行きました。これは、日本赤十字よりの要請によるもので、この救援のために”金色有効賞”を頂きました。1985年ベルリンを離れる時には、この7年で自分をほんとうに大きく育ててもらったと感じ感謝の気持ちでいっぱいでした。ドイツ赤十字からも、名誉あるメダルを頂きました。

1985年から今日まで英国に住み英国赤十字評議員、国際募金委員、教官、センター主任、救急車運転手、急救看護員、など、また、世界で始めてこの国にできた”子供のホスピス”や私の住む地区の盲人クラブの老人、盲人のお世話、障害者を馬車に乗せ野外を走り回り楽しませ外気を十分に吸わせてあげる”Driving Group”の仕事など多くのことをさせてもらっております。

2010年「旭日双光章」叙勲いたしました。(同年10/29受勲をお祝いする会開催:写真